真夜中のブログ。

MIDNIGHT BLOG http://tkst1221.jugem.jp/
<< PLASTICS "Dr. VoBG" | main | #1 ROXY MUSIC 1972-1973 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark |
屋敷豪太 Gota Yashiki
JUGEMテーマ:ドラム



今回の特集は…
ドラマーそしてプロデューサーとして、ワールドワイドに活躍するグルーヴマスター
 屋敷豪太 Gota Yashiki


 BIOGRAPHY 屋敷豪太ストーリー


ミュートビート、そしてメロンでの活動。
 

62年、京都に生まれた屋敷豪太サンは
82年(20歳のとき)、こだま和文サン(tp)を中心とするダブバンド
ミュートビートにドラマーとして参加。
そしてクラブ"ピテカントロプス"でのライヴ活動を通じて
中西俊夫&佐藤チカ(ex.プラスティックス)のニューウェイヴユニット
メロンにも掛け持ち参加(86年に正式加入)。
しかし88年(26歳のとき)、ミュートビートもメロンも辞めて、突然渡英


渡英、そしてシンプリーレッド加入。 

88年の渡英後、プログラマーとして最初に携わった仕事が
新人クラブユニットSoll Soulのレコーディングだったわけですが…
89年(27歳のとき)、シングル「Back To Life」が爆発的なヒットを記録
打ち込みと生ドラムをミックスした所謂"グランドビート"を生み出した
グルーヴマスターとして業界の注目を一気に集めることになります。

        融合ですね。ミュートビートってアナログな感じじゃないですか。
        で、メロンは割と打ち込み系でデジタルな感じで。
        それぞれをやっていたから、一緒になったら可能性は無限大だと思ったんですね

        
GOTA

91年(29歳のとき)、そんな注目の男・GOTAサンをシンプリーレッドのレコーディングに
プログラマー/グルーヴアドヴァイザーとして最初に招致したのが
プロデューサー=スチュワート・レヴィン。

レヴィンは、どんなデカイ黒人のヤツが来るんだと思っていたら
メガネをかけたヒョロッとした日本人が現れてビックリしたのだそうです
…GOTAサンの、日本人離れしたグルーヴを証明するエピソードですよね。

しかしそのレヴィン以上にGOTAサンに惚れ込んだのが、リーダーのミック・ハックネル
あまりに気に入りすぎて、ミックはなんとGOTAサンを正式メンバーとして加入させます。

 シンプリーレッド加入時 [91]

        「バンドに入ってくれないか? ツアーを一緒に廻ってくれ。で、返事は」って
        (ミック・ハックネルに)
すぐに答えを求められて
        僕なんか田舎モンの日本人で、ワールドツアーなんて夢のまた夢じゃないですか。
        それこそ日本代表としてやりたいと思いましたね。
        GOTA


そしてこの新生シンプリーレッドは、アルバム『Stars』と2年にわたるワールドツアーで
最盛期を迎えることになります。

ちなみに… Mute Beat ⇒ Melon ⇒ Soul ll Soul ⇒ Simply Redと
どんどん出世してきたGOTAサンは
藤井フミヤサン曰く"音楽のわらしべ長者"なんだそうです…うまいこと言うなぁ


ソロとして世界デビュー、そして凱旋帰国。

シンプリーレッドのツアーが終了した92年(30歳のとき)
GOTAサンはシングル「Here We Go」でソロデビュー
さらに翌93年にはアルバム『Somethin' To Talk About』で世界デビュー

ここ日本でも、"シンプリーレッドの現役メンバー"というカッコよすぎる肩書きつきで
凱旋帰国的にソロデビューを果たしたGOTAサンでしたが
"世界のサカモト"に続く、ワールドワイドに活躍する日本人アーティストとして
大々的に売り出されていた記憶がありますね〜

一方、そのソロ活動を優先してシンプリーレッド『Life』[95年]には不参加だったものの
98年(36歳のとき)からはシンプリーレッドに、なんとプロデューサーとして復帰
『Blue』[98]から『Home』[01]まで、シンプリーレッドの中核を担っていくことになります。

 GOTAサンとミック・ハックネル [98]

一方で、GOTAサンのソロ曲「European Comfort」、そしてアルバム『It's So...』が
ジャズチャートの上位に食い込むヒットを記録したのを受け
海外オンリーで"スムースジャズ対応"なリーダー作を発表しています。

        日本人のミュージシャンで、外国で演奏してバンドに入ってる人はいても
        プロデューサーとして一緒にやったという人はいないと思うんですよ。
        僕は向こうでやったノウハウがありますし
        日本で僕にもできることがもっとあるんじゃないかって思い始めたんです。
        GOTA


そして00年代に入り、活動の拠点を再び日本に移すべく、凱旋帰国。
ご家族をロンドンに残しての"逆"単身赴任なのだそう
Water Melon Group[05]、Mute Beat[08]といった再結成プロジェクト
the d.e.p.[01]、VITAMIN-Q[08]といったオールスターバンドへの参加
さらには堂本ブラザーズバンドまで、セッションワークに勤しみつつ
05年から久々にソロ活動も再開
その新曲をフィーチャーしたベストアルバム『GOTA THE BEST』もリリース。




 DISCOGRAPHY ディスコグラフィー (ソロアルバム)


 Somethin' To Talk About / Gota & The Heart Of Gold
 93年10月発表
1stアルバム。キャロル・トンプソン(vo)をフィーチャーしたミディアムR&B「Someday」から、アシッドジャズな「Move」「Play Fair」、そしてスムースジャズ「European Comfort」まで曲調は多彩なんだけど、GOTAサンの叩きだすグルーヴ感は一貫しています ヘイトーTP(g)とイアン・カークマン(sax)(シンプリーレッド)、盟友・鈴木賢司(g)、さらにはバーニー・ウォーレル(kb)やリチャード・バルビエリ(kb/ex.Japan)といった超豪華メンバーが参加。

 Live Wired Electro / Gota & The Low Dog
 95年4月発表
ウォーレン・ダウド(vo)をメインヴォーカルに据え、グッとロックへ接近した2ndアルバム。その男っぽいイメージに合わせ、バンド名も"The Low Dog"(短足犬、つまりブルドッグ)に変更、そしてバンド名つながりでビートルズ「Hey Bulldog」をカヴァー。でもなにより、GOTAサンのドラムソロから始まるタイトル曲のライヴ感がたまりません

 The Low Dog / Gota
 96年7月発表
前作で起用したウォーレン・ダウド全面押しの"男のヴォーカルアルバム"


 It's So Different Here / Gota
 97年2月発表
1st・2ndからセレクトして再編集した、全米デビューアルバム

 GT / Gota
 97年4月発表
『It's So...』に新曲(「A Night In Tunisia」のカヴァー)・リミックス曲を加えた新装盤

 Let's Get Started / Gota
 99年1月発表
海外のみで発表された4thソロ。内容は思いっきりスムースジャズですが、やっぱりGOTAサンならではのグルーヴ感は断然心地イイです

 Day And Night / Gota
 01年1月発表
『Let's Get Started』に続く、スムースジャズ色濃厚な5thソロ

 The Best Of Gota / Gota
 02年6月発表
海外でリリースされた3枚からセレクトされたベストアルバム

 Gota The Best / Gota
 07年8月発表
1st〜3rdからセレクトされた楽曲に、05年にネット販売していた新曲(『Vol. 1』『Vol. 2』)を加えたDisc 1、そして自身が手掛けたプロデュース楽曲を中心にセレクトされたDisc 2からなる、2枚組ベストアルバム


 GROUP ACTIVITY GOTAが参加した主なグループ/ユニット


MUTE BEAT 1982-1986 / 2008
小玉和文/増井朗人/松永孝義/宮崎"DMX"泉/屋敷豪太
⇒reunion08:こだま和文/増井朗人/朝本浩文/松永孝義/宮崎"DMX"泉/屋敷豪太
GOTAサンがミュートビートに参加したのは82年、前身バンドRude Flowers時代のこと。しかし86年、メジャーデビュー後すぐ(1stアルバム制作前)に脱退。その後97年、元メンバーが集結したKodama & Gotaのライヴwを経て、08年一夜限りの再結成ライヴを敢行。
Still Echo / Mute Beat [87]

MELON 1986-1987
中西俊夫/佐藤チカ/屋敷豪太/工藤昌之
ミュートビートとしてクラブ"ピテカントロプス"でライヴ活動をする中で、中西俊夫&佐藤チカ(exプラスチックス)のニューウェイヴユニット"メロン"に見出され、ライヴをサポート。その後86年に正式メンバーとして加入するも、渡英を決意し88年脱退。
Deep Cut / Melon [87]

WATER MELON GROUP 1983-1984 / 2005
中西俊夫/バカボン鈴木/ヤン富田/屋敷豪太/高橋誠一
⇒reunion05:中西俊夫/屋敷豪太/高橋誠一/クニ杉本/田村玄一
中西サンがメロンの別動ユニットとして立ち上げた、マーティン・デニー
直系のエキゾチックインストグループ"ウォーターメロングループ"にも参加。その後GOTAサンは、05年の再(々)結成ライヴにも正式メンバーとして参加。
ピテカントロプスの逆襲 /スネークマンショー [83] ※メロンとともに音楽を全面担当
Cool Music / Water Melon Group [84]
Water Melon In Person / Water Melon Group [06] ※05年の再結成ライヴ

SIMPLY RED 1991-1992 
Mick Hucknall / Fritz McIntyre / Tim Kellett / Heitor TP / Ian Kirkman / Gota / Shaun Ward
シンプリーレッドの正式メンバーとして、アルバム『Stars』およびその後のワールドツアーに参加。そして98年以降は、共同プロデューサーとして携わることに。
Stars / Simply Red [91]

KODAMA & GOTA 1996
こだま和文/屋敷豪太
96年、元ミュートビートのこだま和文(tp)との再会コラボユニット"KODAMA & GOTA"としてアルバム『Something』を発表。

Something / Kodama & Gota [96]
Live (12.21.96) / Kodama & Gota [02] ※96年のライヴ

the d.e.p. 2001
ビビアン・スー/佐久間正英/土屋昌巳/ミック・カーン/屋敷豪太
01年、佐久間正英サン主導のオールスターグループ"the d.e.p."に参加。

地球的病気 -We are the d.e.p.- / the d.e.p. [01]

B.E.D. 2003-2004
屋敷豪太/Jimmy Gomez
03年、イギリスのプロデューサー=ジミー・ゴメスと双頭ユニット"B.E.D."を結成。
Ver. 1.0 / B.E.D. [03]
Ver. 1.5 / B.E.D. [04]

kōkua 2006
武部聡志/スガシカオ/小倉博和/根岸孝旨/屋敷豪太
Progress / kōkua [06/single]

THE CHILL 2007
立花ハジメ/紺野千春/屋敷豪太/杉本邦人
07年、立花ハジメサンが結成した"The Chill"に参加。
The Chill / The Chill [07]

PLASTICS 2007 
⇒reunion07:中西俊夫/立花ハジメ/佐久間正英/屋敷豪太
07年のプラスチックス再々結成ライヴに、新メンバーとして参加。
Dr. VoBG / Plastics [09] ※07年の再々結成ライヴ


VITAMIN-Q 2008
加藤和彦/小原礼/土屋昌巳/屋敷豪太/ANZA
08年、それぞれが曲を書きプロデュースする民主主義スーパーグループ"VITAMIN-Q"に参加。
Vitamin-Q / Vitamin-Q featuring ANZA [08]

| japan G, H, I | 00:00 | comments(0) | - | pookmark |
スポンサーサイト
| - | 00:00 | - | - | pookmark |










+ SPONSORED LINKS
厳選した人材紹介会社3社をご紹介!看護師の求人【ナース・ベア】申込促進プ ロモーション キャバクラの求人をお探しの方【体験!ガールズバイト】 アルバイト キャリアインデックス 転職を考える。人生を変える転職サイト。
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< March 2017 >>
Yahoo!トピックス
FX 比較
+ SELECTED ENTRIES
+ CATEGORIES
+ COUNTER
+ LINKS
+ PROFILE
+ OTHERS
+ SPONSORED LINKS
このページの先頭へ