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70年代のジョージ・ハリスン
JUGEMテーマ:音楽

のちに自らのレーベルを、ある種自虐ネタ的に"ダークホース(穴馬)"と名づけたジョージ・ハリスンですが…実際ビートルズ解散間もない70年代初期は、大方の予想を裏切ってジョージ・ハリスンがまさに"ダークホース"的に大活躍していたわけです。


■各ソロアルバムの、チャートアクション [1970-73年]


セールス概数(US): ■=プラチナディスク(100万) / □=ゴールドディスク(50万)

 

チャート的に見ると…
意外と善戦のリンゴのソロ。『Imagine』は大ヒットしたものの、それ以外は高い評価の割りに意外とヒットしていないジョンのソロ。逆にヒットしているにも関わらず、基本辛口評価だったポールのソロ(73年頃から徐々に巻き返しますが)。…対して、いちばん勢いがあったのはやっぱりジョージでしたね〜(この頃まではまだ)。『All Things Must Pass』はチャート・売り上げ的にもダントツですし、またポールの勝負作『Red Rose〜』の米3週連続1位を阻止したのも、ジョージの『Living In The Material World』ですしね。

 

ということで、今回のジョージ・ハリスン特集partでは…
ビートルズ解散後のペナントレース序盤で、ホームランを打ちまくっていた前半戦から
そして波乱万丈に満ちた中・後半戦まで…70年代をクローズアップ


 


All Things Must Pass』、
そしてジョージ躍進!!

 
「ビートルズのアルバムに収録させてもらえなかった楽曲を一気に吐き出した作品が、ジョン&ポール人気を抑えてビッグヒットを記録!」という浪花節的くだりは、ジョージの『All Things Must Pass』を語るときよく登場しますが…少なくともこの時期が、基本"寡作"なジョージにとっての、"2曲のビートルズ枠"に収まらないほどの創作意欲に溢れていた"多作期"、言ってみれば音楽的"モテ期"だった、ということは間違いないようです。

 

"Get Back Session"が頓挫、いよいよビートルズが存続さえ危ぶまれはじめた69年。ジョージは、エリック・クラプトンに誘われデラニー&ボニーのライヴに参戦、当時注目だったスワンプロックの洗礼をモロに受けることに。さらに70年には、ほかのメンバーが思いっきり消極的だった"Get Back Session"音源の編集/リミックス作業(つまり『Let It Be』製作)に唯一積極的に関わる中で、プロデューサー=フィル・スペクターと邂逅。こうして、デラニー&ボニー(&フレンズ)という旬のバンドと、フィル・スペクターという旬のプロデューサーとの出会いと、ジョージ自身の音楽的"モテ期"がドンピシャハマったのが…

 

 All Things Must Pass /George Harrison [70/11]

 ビートルズ後期でコンポーザーとしての評価をグッと上げたジョージ
 が、(ジャムセッション音源を含む)3枚組という圧倒的ボリュームと
 クオリティでもって7011月に発表した、本格的初ソロ。「"クワイエッ
 トビートル"が3枚組ソロ!?」という話題性もゼッタイあっただろうけれ
 ど、それを差し引いてもイギリスで8週連続、アメリカで7週連続1位という記録はスゴイさらにシングル「My Sweet Lord」もイギリスで7週、アメリカで4週連続1さらにさらに2ndシングル「What Is Life(10)も含め、大ヒット

 

…と知ったかぶって書きましたが、実を言うとボクはこのアルバムのよさが全然わからなかったんですよ、つい最近まで。そもそもサザンロック系を好んで聴かないからかもしれないけれど、なんか地味やな〜、渋すぎるな〜って。あと、音が悪いアルバムっていうイメージがずっと残ってたかなぁ。それから時を経て、ええなぁ!と感じられるようになったのは、ニューセンチュリーエディション(00年発売の新装盤)を買って聴いてから。もしかしたら『All Things Must Pass』って、"R35"指定なのかもしれませんね〜(←コレは、オレ目線の勝手な解釈です)。

 

また、ボクはジョージの曲についてはコード進行でヤラレてしまうことが多いのですが、この稀代の名盤の冒頭を飾る「I'd Have You Anytime」もそんな1曲。Gmaj7Bmaj7CmG/Am/Em/D …のBmaj7に行く瞬間!コレはヤバイですよ鳥肌立って。そして2曲目はジョージの代表曲「My Sweet Lord」。聴きすぎて飽きたな〜と感じていたこの曲も、「I'd Have You Anytime」に続けて聴くと(つまりアルバムとおして聴くと)、フシギと魅力が倍増です。そして、ジョージが亡くなったとき(タイトルがタイトルだけに)レクイエム的に流れまくっていた「All Things Must Pass」。まぁ言わば、ジョージ版「川の流れのように」ですよコレは。個人的には、(ニューセンチュリーエディション収録の)ベッタベタな「My Sweet Lord」のセルフカヴァーよりも、この曲こそ、ブルーアイドソウルなメロウグルーヴアレンジで再演してほしかったなぁ、と。



バングラデシュのコンサート、そして『Living In The Material World』。
 
 

勢いの止まらないジョージの次の一手は、なんとチャリティコンサートでした。シタールの師匠ラヴィ・シャンカールから、バングラデシュ難民の悲惨な状況を聞いたジョージは、7181日、NYマジソンスクエアガーデンで史上初の本格チャリティコンサートを敢行(同年12月『The Concert For Bangla Desh』として発売、さらに翌年映画化も)。リンゴ・スター、ボブ・ディラン、エリック・クラプトンなどなど、ノーギャラで出演したアーティストの豪華さもスゴイけれど、ジョージの顔の広さもまたスゴイなぁ。ただ、色々ビジネストラブルが重なって、結局バングラデシュに寄付金が渡ったのは80年代に入ってから、というオチはビミョ〜ですが、あのライヴエイド(85)より14年も前の偉業ということ自体はやっぱりスバラシイのでは?

 

 Living In The Material World
   /George Harrison
[73/6]

 736月発表の、前作から約2年半ぶりのソロ。シングル「Give Me
 Love
(1位、英8)含め、アメリカで5週連続1位・イギリスで2位…
 と前作には及ばないものの、変わらず大ヒット!

 

前作から約2年半ぶり、というのは当時にしては結構なブランクですが、その理由は、ジョージが手広くやっていたセッション/プロデュースワークが忙しかった以上に、「アルバム収録曲ができるのに時間がかかった」からみたいです。ジョージって、"寡作"な人なのに、『All Things Must Pass』でいい曲ができたらできた分だけドバ〜ッと全部放出してしまったんで…結局早くもネタ切れ状態に陥ってしまいますよね(とっておいたらよかったのに…)。実際、この『Living In The Material World』も、ロニー・スペクター提供曲「Try Some Buy Some」を(基本)ヴォーカルだけ差し替えて収録したりと、早くも曲数繰りに苦しさが…。


ちなみにこの『Living 〜』の裏ジャケ、サザンが『Young Love』[96]でパクってますよね。

 
 



パティとの破局、
そして初の北米ツアー。

 

ビートルズ解散後のペナントレース序盤、独走状態だったジョージ・ハリスン。そんなジョージにとって、1974年はキャリア的にも勝負ドコロだったのですが、結果そこでコケてしまった感もあり、それを境に以降失速することに… ただ、ジョージ本来の立ち位置とか活動ペースとかを鑑みると、むしろそれ以降のマイペースな活動こそジョージっぽい気も。ヒット云々は別として、結構イイ作品を残しているし

で、その「1974年の勝負ドコロ」というのが

ダークホースレーベル設立ソロ『Dark Horse』発表初のソロツアー敢行

という、ある意味成功を約束されたような鉄板スケジュールだったのですが…

自身のレーベル"ダークホースレーベル"設立は、ビートルズ時代、中途半端に終わっていたプロデュースワークを再び本格化させる、ジョージにとっては悲願のプロジェクト。自らのソロ以降の活躍を象徴する"穴馬"をレーベル名に冠したことからも、その意気込みが窺えますが…ここでの多忙なプロデュースワークが祟って、肝心の自身のアルバム製作が後手後手に廻ってしまいます。で結局、ソロアルバムのレコーディングとツアーのリハを同時進行で行うという超過酷スケジュールをこなすことになり、この辺から歯車が狂い出すわけです。

 

Dark Horse /George Harrison [74/12]

 このタイトすぎる製作スケジュールは、寡作のジョージにはどう考え
 てもキツかったはず。ロン・ウッドへの提供曲「Far East Man」のセルフ
 カヴァーとか、エヴァリー・ブラザーズのカヴァー「Bye Bye, Love」とか、ツ
 アー用インスト「Hari's On Tour」までも収録して、突貫工事のごとく
 なんとか仕上げた感も漂いますが…ただ個人的にはこの作品、かなりツボです なんといってもキモは、演奏陣。トム・スコット(sax)仕切りのツアーバンドのグルーヴ、特にアンディ・ニューマーク(ds)&ウィリー・ウィークス(b)のリズムセクションが、楽曲の弱さを十分すぎるくらいに補っています。さらに…アルバム単位では決して"名盤"には及ばないけれど、至極の哀愁コード進行がたまらない「Far East Man」は間違いなく"名曲"そしてその名曲を収録しているという点では、このアルバムもまた"名盤"といえるかも。セールス的には、ツアー効果もあり米4(ただし英はチャートインなし)

 

George Harrison / Ravi Shankar 1974
Hari's On Tour / The Lord Loves The One / Who Can See It / While My Guitar Gently Weeps / Something
Will It Go Round In Circles―以上ビリー・プレストン
Sue Me Sue You Blues
Zoom Zoom Zoom / Jai Sri Kalij / Naderdani / Vachaspati / Anourag / I Am Missing You / Dispute And Violence―以上ラヴィ・シャンカール
For You Blue / Give Me Love / Soundstage Of Mine / In My Life
Tom Cat―以上トム・スコット
Maya Love / Dark Horse
Nothing From Nothing / Outa Space―以上ビリー・プレストン
What Is Life / My Sweet Lord

そして7411月、滑り込み的に始まったジョージの北米ソロツアーは…賛否両論、というか"失敗だった"という評価が定番みたいですが、実際はどうだったんですかね? そのライヴを完全収録したブート盤もあるみたいですけど、聴いたことがないので。ただ、公式音源化されている一部のライヴ音源を聴く限り、アルバム『Dark Horse』まんまのタイトでグルーヴィーな演奏がカッコイイと思うのですが…特に初期スティングを彷彿させるジャジーな「For You Blue(ビートルズのセルフカヴァー)とか。

"ジョージのソロツアー"とよく言われますが、実際はインド音楽の師匠ラヴィ・シャンカールとの双頭ツアー。まぁコレは結構マイナス要因かも。ジョージ的には敬意を払っての同等扱いだったとは思いますが、これが完全に裏目に出てます。ライヴ中盤盛り上がったところで中断、長尺インド音楽を聴かされたら確かに引くなぁ〜。

また、ともに失敗の原因として挙げられるのが、ジョージの声のコンディション。『Dark Horse』でも聴けるとおり、ビックリするくらい枯れまくりです。個人的には(ハスキーヴォイス好きなので)ふだんの甘〜い声よりよっぽど好きなんですけどね。ただ、イメージ的に似合わない気はしますが。豪華バンドメンバーのソロコーナー(ビリー・プレストン&トム・スコット)は元々あったアイディア? それともジョージの喉のつなぎとして設けられた苦肉の策?? そしてこの枯れてしまった声の原因は、このタイトすぎるスケジュールによる過労ももちろんあるだろうけれど、いちばんは間違いなく、パティとの別居(というか、親友クラプトンとの浮気?)。お酒呑みまくったり、たぶん相当荒れてたんだろうなぁ〜。

いずれにしても、このツアーへの酷評でいよいよ凹んだジョージは、以降ツアーを一切やらなくなってしまうわけです。

 

Extra Texture (Read All About It)
  /George Harrison
[75/9]

 ギリギリの期限と曲数でリリースされた前作から、わずか10ヶ月後に
 発表された、タイトルどおり「号外」なアルバム。そのインターバル
 の早さと、『ジョージ・ハリスン帝国』という度肝を抜かれる邦題にまずビックリしますが…ギリギリ仕事は前回で懲りているはずなのに、またまたロニー・スペクター提供曲(のボツ)You」を使いまわすなどしてまで発売にこぎつけたのは、所属レコード会社=アップルとの契約満了のため(詳しくは、後述)? 今までの作品と比べると、アレンジの中心がこれまでのギターから完全にキーボードに移行していることが窺えますが、これはアレンジに相当関与したと思しき、のちにスーパープロデューサーとして大ブレイクするデヴィッド・フォスター(kb)の参加が大きい(はず)。そのフォスター色濃厚なバラード「Can't Stop Thinking About You」と、スモーキー・ロビンソン・トリビュートな「Ooh Baby」が個人的にはイチオシです。米8位、英16位。


 


ワーナーへの移籍と、
ダークホースレーベル本格始動。
 
 

なみに75年当時、ジョージの所属レコード会社がEMI(アップル)なのに対して、745月に発足したダークホースレーベルの配給元はA&M。つまりジョージは、アップルとの残りの契約を消化するため残留していたわけですが…ダークホース発足から2年近く経った761月、ジョージはようやくアップルとの契約を満了。

 

一方、A&Mにしてみれば、売れないプロデュース作よりも、売れるジョージのソロを早く出したいわけですよ、当然。2年待たされてますからね〜。でも、契約を交わした直後、なんとジョージは肝炎で入院、新作期日を大幅に遅らせてしまいます。それに対しA&Mはついにキレて契約違反で提訴!ちょうどこの頃のジョージは、これまでの数々の心労に加えて、「My Sweet Lord」のパクリ疑惑による裁判沙汰(結局敗訴)に翻弄されていた頃。確かに呑まなきゃやってられない時期だったかもしれないけれど、肝炎(ということは、酒??)で入院は………う〜ん、A&Mが訴えるのもわかるなぁ。結局、その違約金とダークホースレーベル運営をワーナーが請け負う形で、ジョージもワーナーに移籍。


ただ、レーベル発足当時はたしかに"ダークホース(穴馬)"だったけれど、この頃のジョージは、人気に陰りが出てきた、言ってみれば"元ダークホース"的ポジションだったわけで…正直、タイミングを逃した感は否めません。
 

Thirty Three & 1/3 /George Harrison [76/11]

 発足から苦節2年半、ようやくダークホースレーベルからリリースされ
 た心機一転ソロアルバム。ベースフェチのボクにはたまらないスラッ
 プベースが唸る1曲目「Woman Don’t You Cry For Me」、ローズフェ
 チなボクにはたまらないムーディなラスト曲「Learning How To Love
 You
」、さらにスモーキー・ロビンソン・トリビュート第2弾「Pure Smokey(まんまかっ!)などなど、全編AOR/ブルーアイドソウル色濃厚で、時代にフィットした充実内容。米11位、英35位。

 

ちなみに、契約満了前から別のレコード会社と股をかけていたジョージと、当然しこりを残すことになったアップルは、契約最後の1枚としてベストThe Best Of George Harrisonを発売。で、ジョージが一切関与していない、しかもビートルズ時代の楽曲が半分という選曲以上に挑発的だったのは、11/8というその発売日。つまり、ジョージの新作『33 1/3[11/18発売]にわざと当ててきたわけです。実際このベスト、米31/ゴールドディスク獲得のヒットとなったわけで、少なからず新作への打撃は与えたはず。悪いなぁ〜アップル




オリヴィアとの結婚、
そして『George Harrison』。
 
 

 74年以降のジョージは大殺界のごとくとことんツイてなくて、まさに波乱万丈だったわけですが…77年にパティとの離婚が成立、さらに78年には新妻オリヴィアと結婚、息子ダニー誕生(できちゃった婚なので、厳密には順番逆)…とようやく人生的にも好転Dark Horse』以降、常に付きまとっていた〆切に追われるやらされ感とかイザコザとかから完全に解き放たれたように、制約ゼロの中、前作から29ヶ月ぶりにリリースされたのが…

 

George Harrison / George Harrison [79/2]

 自分の名前を冠したアルバムタイトルは、勝負作という気負い以上
 に、「これが今のボクです」と、新たな幸せを手にした嬉しさを表し
 ているのかも。フィル・スペクター以来久々に起用された外部プロデュー
 サー=ラス・タイトルマンは、そういう素のキャラを引き出すのがウマイ人ですよね〜。そういう意味で『慈愛の輝き』という邦題は絶妙。ミディアムグルーヴの極みな「Love Comes To Everyone」、ビートルズ『ホワイトアルバム』のアウトテイク曲「Not Guilty」、そしてそのビートルズのセルフパロディな「Here Comes The Moon」…の美メロ3連発がスバラシイ!その中でもやっぱり「Love Comes〜」は別格!イントロのクラプトンのさりげないソロ、曲が進むにつれてどんどん動き出すウィリー・ウィークス(b)のベース、さらにオブリガード的に挿入されるジョージのスライドギター、そしてトドメ!のスティーヴ・ウィンウッドのシンセソロ…と完璧なアンサンブル!ちなみにこの名曲、そのクラプトンが、ジョージ追悼曲として(ほぼ)完コピアレンジでカヴァーしていますが、ジョージのギターパートをなぞるようなクラプトンのオブリガードといい、自らのフレーズを完コピして再登板のスティーヴ・ウィンウッドといい、感動です。米14位、英39位。


 

■各ソロアルバムの、チャートアクション [1974-79]


この頃のセールス/チャートアクションを見ると、74年初め『Bando On The Run』の大ヒット以降、完全にポールの独走状態ですね。で、ジョージがコケた北米ツアーでポールは大成功を収め、ビートルズに続く2度目の全盛期を迎えるわけです。もしジョージも前回の失敗にめげずにプロモーションツアーをやっていたら、ダークホースレーベル時代のこれら作品ももっと売れていたとは思いますが…。

| *** George Harrison | 00:00 | comments(0) | - | pookmark |
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